金はインフレに強い、は半分だけ正しい
金はインフレに強い。よく聞く言葉である。物価が上がり、通貨の価値が下がるなら、金を持っておけば守れる。そう考えるのは自然だ。
ただ、この言葉は半分だけ正しい。
実際には、インフレ指標が強く出た日に金が下がることがある。物価が上がっているのに、なぜ金が売られるのか。ここで「金はインフレに強い」とだけ覚えていると、画面の値動きが裏切りに見える。
長い目で見れば、金は通貨価値への不安と相性がよい。だが、短い期間では、インフレが強いほど金に逆風が吹くこともある。インフレだから金を買えばよい、と単純に考えると、なぜ下がったのか分からなくなる。
たとえば、物価指標が予想より強いというニュースが出る。インフレなら金に追い風だと思って金ETFを見る。ところが、ドルは上がり、米金利も上がり、金価格は下がっている。画面だけ見ると、知っていたはずの理屈が逆に動いたように見える。
この違和感こそ、この記事の入口である。インフレは金にとって一枚岩の材料ではない。
金価格が高値なのに買われ続ける理由で見たように、金を買う理由には通貨不安や分散需要がある。今回は、その中でもインフレとの関係を少し丁寧に分ける。
インフレは金に追い風になることがある
インフレが続くと、現金の価値は目減りする。今日の1万円で買えるものが、来年は同じようには買えないかもしれない。そう感じる人が増えると、現金以外の資産を持ちたいという需要が出てくる。
金はその受け皿になりやすい。企業の信用にも、国の政策にも、特定の通貨にも依存しにくい資産として見られるからだ。通貨価値が揺らぐとき、金を少し持っておきたいという心理は分かりやすい。
この意味では、金はインフレに強いと言える。インフレが通貨不安を伴うなら、金に資金が向かいやすい。
特に、物価が上がっているのに預金金利が追いつかない、給料の伸びも追いつかない、という感覚が広がると、金は「増やす資産」というより「薄まらない場所」として見られやすい。これは短期トレードの理屈ではなく、生活者の不安に近い。
でも、金利上昇は金の重しになる
問題は、インフレが強いときには金利も上がりやすいことだ。
金は利息を生まない。預金や債券の利回りが上がると、利息を生まない金を持つコストが意識される。特に、米国の実質金利が上がる局面では、金価格に下押し圧力がかかることがある。
つまり、インフレは金に追い風だが、そのインフレを抑えるために金利が上がると、金には逆風になる。この両方が同時に起きるから、金価格は素直に上がるとは限らない。
「インフレなのに金が下がる」という日は、この綱引きが起きている可能性がある。
市場が見ているのは、物価だけではない。中央銀行がどれくらい利上げしそうか、実質金利が上がるのか、ドルが強くなるのかも同時に見ている。インフレのニュースを見た瞬間に、金を買う理由と金を売る理由が同時に発生することがある。
日本の投資家は、円建てでさらに複雑になる
日本の投資家が金ETFを見るときは、もう一段ややこしい。金は国際的にはドル建てで取引されるが、日本のETFは円建てで見える。
ドル建ての金価格があまり上がっていなくても、円安が進めば、円建ての金ETFは上がって見える。逆に、ドル建ての金が上がっていても、円高が進めば、円建てでは上昇が小さく見えることがある。
インフレ対策として金を見るなら、自分が何を守りたいのかも考える必要がある。ドル建ての金価格を見ているのか、円の購買力を守りたいのか、日本の証券口座で円建てETFを見ているのか。それぞれで見える景色は違う。
日本で「インフレに備えて金」と考えるとき、実際には円安への不安もかなり混ざりやすい。輸入品が高い、海外旅行が高い、エネルギーが高い。そう感じている人にとって、金ETFの円建て上昇は、金の強さだけでなく円の弱さの裏返しでもある。
金はインフレの答えではなく、問いを増やす資産
金をインフレ対策として持つことには意味がある。ただし、それは「インフレなら必ず上がる」という意味ではない。
インフレの種類は何か。賃金も上がるインフレなのか、輸入価格だけが上がるインフレなのか。金利は上がっているのか。ドルは強いのか。円は弱いのか。こうした問いを分けないと、金の値動きは説明しにくい。
金は、インフレの答えを一発で出してくれる資産ではない。むしろ、自分が何をインフレと呼んでいるのかを問い直させる資産である。
生活費が上がることを怖がっているのか。円の価値が下がることを怖がっているのか。米金利が上がることを見ているのか。どれもインフレと関係するが、金価格への効き方は同じではない。
まとめ
金はインフレに強い、という言葉は半分だけ正しい。通貨価値への不安が強まる局面では、金は買われやすい。だが、金利上昇やドル高が重なると、短期的には金に逆風が吹くこともある。
日本の投資家にとっては、さらに円建てとドル建ての違いが加わる。円安で上がった金ETFは、金が強いから上がったのか、円が弱いから上がったのかを分けて見る必要がある。
インフレだから金、で終わらせると少し雑になる。金を見るときは、インフレ、金利、ドル、円を分けて考える。その分け方ができるようになるほど、金ETFの値動きは少し読みやすくなる。
金がインフレに強いかどうかを一言で決めるより、「今回のインフレは金にとって追い風なのか、金利上昇を通じた逆風なのか」と聞いた方がよい。半分だけ正しい言葉は、半分を疑って使うくらいがちょうどよい。
金はインフレの味方である前に、インフレの種類を映す鏡である。物価不安なのか、金利上昇なのか、円安なのか。そこを分けられるようになると、「インフレなのに金が下がった日」は矛盾ではなく、かなり情報量の多い日になる。