国家間の信用が細るとき、なぜ金が残るのか
連載「戦後日本の膨張と収縮」第6回
中央銀行の外貨準備には、少し不思議な性質がある。
自国にとっては資産だが、その多くは他国政府、外国銀行、国際機関の負債でもある。米国債を持つということは、米国政府に対する請求権を持つことである。銀行預金なら、その銀行に対する請求権になる。
金だけは違う。
金庫にある金地金は、誰かが将来返すと約束したものではない。価値は市場価格で上下するが、発行体の返済能力には依存しない。
国家間の信用を減らしたいとき、金が選ばれるのは高騰するからではなく、誰の負債でもないからである。
準備資産の中で、金だけ分類が違う
IMFの国際収支マニュアルでは、準備資産に貨幣用金、SDR、IMFリザーブポジション、外貨資産などが含まれる。
このうち外貨建て証券や預金には相手がいる。発行国のインフレ、金利、債務返済能力、金融制裁の影響を受ける。必要なときに市場で売れる流動性も重要になる。
金にも弱点はある。利息を生まず、保管と輸送に費用がかかる。価格が上がりすぎれば購入量を確保しにくい。国外の保管機関に置けば、完全に政治リスクから自由ともいえない。
それでも、自国内で現物を管理できれば、相手国の財政政策によって額面を薄められず、発行体の債務不履行もない。この性質は、平時の収益率よりも、関係が壊れたときの独立性を重視する国にとって意味を持つ。
金は高利回り資産ではない。相手を必要としない資産である。
中央銀行は、高値でも金を買っている
金の役割は理屈だけの話ではない。
World Gold Councilの推計では、中央銀行などの2026年第1四半期の金純購入は約244トンだった。推計には公表されていない購入分も含まれるため確定値ではないが、公式部門の需要が高い水準にあることは確認できる。
ただし、これを「中央銀行がドルを金へ総入れ替えしている」と読むのは早い。
金では輸入代金を日々決済しにくい。為替介入で即座にドルを売る場面では、ドル預金や短期証券の方が扱いやすい。外貨建て債務の返済にも、契約された通貨が必要である。
中央銀行にとって、外貨は運転資金、金は保険に近い。
運転資金をすべて保険へ替えれば、平時の支払いができなくなる。保険を一切持たなければ、発行国との関係悪化に弱くなる。現実の準備運用は、この二つの間で配分を変える作業である。
金価格が上がっても、埋蔵量は増えない
各国が金の比率を上げようとしても、中央銀行向けの金が都合よく増産されるわけではない。
需要が限られた現物へ集中すれば、調整は主に価格で起きる。金の量が同じでも、ドル建てや円建ての評価額が上がれば、準備資産全体に占める金の比率は高くなる。
この点は、個人が見る金の円建て価格にも表れる。国際価格だけでなく為替が動けば、日本での1グラム価格は変わる。国家の準備資産をめぐる話も、最終的には日々の通貨換算へ落ちてくる。
ただし、高値は安全性の証明ではない。中央銀行の買いが鈍る、実質金利が上がる、換金需要が強まるといった条件では、金も下落する。
発行体がないことと、価格が下がらないことは別である。
銀とプラチナは、金の小型版ではない
金が準備資産として再評価されると、銀やプラチナも上がると考えたくなる。
実際、金が高くなれば、小口の投資資金や宝飾需要の一部が銀やプラチナへ移る可能性はある。市場規模が小さいため、流入額が少なくても価格が大きく動くこともある。
しかし、銀とプラチナを中央銀行が金と同じ理由で大量保有するわけではない。
銀は太陽光や電子部品などの工業需要、プラチナは自動車触媒や化学用途、水素関連などの影響を強く受ける。景気後退や技術変更で需要が落ちれば、金と違う方向へ動き得る。保管体積や市場流動性も異なる。
したがって、金から他の貴金属への波及は結論ではなく条件付きの仮説である。投資代替が増えるのか、工業需要が維持されるのか、供給制約があるのかを別々に見なければならない。
信用がなくなっても、通貨はなくならない
国家間の不信が強まっても、外国通貨の保有がゼロになることは考えにくい。
貿易をする限り決済通貨は必要で、金融市場を使う限り担保資産もいる。金だけで現代の貿易金融を動かすのは現実的ではない。
変わるとすれば、役割の序列である。
外貨と国債は、必要な支払いと介入のために持つ。金は、発行国との関係そのものが揺らいだときのために持つ。
ドルは世界の運転資金であり続けるかもしれない。
それでも、運転資金を「永久に価値を保つ財産」と同じものだと考えない国が増えるほど、誰の負債でもない金の居場所は広がる。
金は信用の代わりではない。
信用が途切れた場所にも残る、請求書のない資産である。