金属ネットkinzoku.net

貴金属ニュースとETF価格換算
貴金属ETFと先物価格の乖離を、リアルタイムで確認できます。
売買判断の補助として、必要なときにだけ使ってください。[ヘルプ]
market-analysis2026-08-07

円を守るほど、ドル体制を支えにくくなる

Written by metal
Tweet

連載「戦後日本の膨張と収縮」第5回

2026年5月末、財務省が公表した数字は11兆7,349億円だった。

4月28日から5月27日までに実施した円買い介入の総額である。財務大臣会見でも、円買い介入として過去最大と問われた規模だった。

11兆円を超える介入と聞くと、政府が巨大な資金を市場へ投じ、使い切ったように見える。

実際に起きているのは、政府のバランスシート上にある外貨を売り、円を買い戻す取引である。外貨準備は消火器のように壁へ飾られた資産ではない。使えば中身が減る一方、その保有自体が国際金融を支えている。

外貨準備は、自国通貨を守るための弾薬であると同時に、他国へ差し出した信用でもある。

円買い介入では、政府のドルを使う

日本の為替介入を決めるのは財務大臣で、日本銀行は代理人として実務を行う。

日本銀行の説明によれば、円安に対応してドルを売り、円を買う場合には、外国為替資金特別会計が保有するドル資金を使う。反対に円高時の円売り・ドル買い介入では、政府短期証券を発行して円を調達し、ドルを買う。

つまり、過去の円高局面で積み上げた外貨が、円安局面で円を買い戻す原資になる。

財務省が毎月公表する外貨準備は、為替介入の原資であると同時に、海外への支払い能力を市場へ示す資産でもある。十分な準備があれば、輸入代金や外貨債務の支払いに対応できるという信頼につながる。

ただし、介入で円を買えば必ず円安が止まるわけではない。日米金利差、貿易収支、投資家の期待が変わらなければ、介入で動いた相場が戻ることもある。

介入は時間を買える。経済条件そのものを買い替えることはできない。

外貨準備は、金庫のドル札ではない

外貨準備という言葉から、地下金庫に紙幣が積まれている姿を想像しやすい。

実際には、外貨建ての預金や証券、金、SDRなどから構成される。ドル資産の中心には、安全性と流動性の高い米国債などがある。

ここに二重の役割が生まれる。

日本にとって米国債は、必要なときに売却してドルを使える準備資産である。米国にとっては、財政支出を賄うために発行した債務を海外が保有している状態である。

日本が自国通貨を守るためドル資産を売れば、それは日本の資金管理として自然な行動である。しかし同時に、米国債の安定保有者が資金を引き揚げる動きにもなる。

このため外貨準備の運用では、収益だけでなく安全性と流動性が重視される。日本銀行の介入実務の解説も、市場を混乱させないことに最大限配慮し、安全性と流動性を優先すると説明している。

外貨準備は国の投資信託ではない。必要な日に換金できなければ意味がない資産である。

ドル離れは、一方向の大移動ではない

各国がドル資産を減らし、金や他通貨へ移っているという説明は、方向としては一部正しい。

しかし「世界が一斉にドルを捨てている」と考えると実態を誤る。IMFのCOFER統計では、2025年第2四半期の配分判明分に占めるドル比率は56.32%へ低下したが、為替変動を除けば低下は0.12ポイントにとどまった。

ドルの比率は長期的には下がっていても、貿易決済、金融市場の厚さ、担保、国際融資、為替介入では依然として大きな役割を持つ。別の通貨へ移ろうとしても、同じ規模で売買できる国債市場が必要になる。

さらに外貨準備を減らしすぎれば、自国通貨を守る能力まで弱くなる。金を増やしても、今日のドル売り介入にそのまま使えるとは限らない。

したがって起きやすいのは、ドルの完全な放棄ではない。

長期の価値保存をすべて他国の国債へ任せず、決済と介入に必要な外貨、価格変動に備える金、すぐ使える短期資産を組み合わせる動きである。

一つのドルに、二つの目的を背負わせてきた

日本がドル資産を持つ理由は、米国を支援するためだけではない。輸入、介入、信用維持に必要だから持っている。

米国も、日本の円を慈善事業として守るわけではない。急激な為替変動が金融市場や同盟関係を不安定にするなら協議する動機があるが、円の購買力を恒久的に保証する義務まではない。

この関係が機能したのは、一つのドル資産が双方の目的を同時に満たしたからである。

日本は流動性の高い準備を得る。米国は安定した国債の買い手を得る。

ところが日本が円防衛のため外貨を頻繁に取り崩すようになれば、同じ資産に二つの役割を背負わせにくくなる。自国の安定を優先するほど、他国の債務を長期保有する余裕は減る。

ドル体制が明日終わるわけではない。

ただし、他国の国債を「いつまでも持つ富」ではなく、「必要なとき使う運転資金」と見る国が増えれば、体制の性格は変わる。

円を守るために売られるドルは、為替市場だけを動かしているのではない。

国家間で誰が誰の負債を持ち続けるのか、その境界線も少しずつ動かしている。

この記事から次に見るもの
関連記事一覧を見る