人口は国土ではなく、交易力に合わせて縮む
連載「戦後日本の膨張と収縮」第8回
日本の朝食は、食卓に並ぶ前から世界を一周している。
パンの小麦、家畜の飼料、調理に使うガス、食品を運ぶトラックの燃料。国産と表示された肉や卵にも、輸入飼料と輸入エネルギーが使われていることがある。
日本列島の面積だけを見ても、何人が暮らせるかは分からない。
海外から食料、燃料、鉱物を買い、その代金を製品、サービス、投資収益で払い続けられるなら、国内資源だけで支えられる人口を超えて暮らせる。
現代の島国の人口扶養力を決めるのは、国土の広さだけではなく、輸入を継続できる交易力である。
一億人の生活は、港から始まっている
農林水産省によれば、2024年度のカロリーベース食料自給率は38%だった。これは国産食品が店頭の38%しかないという意味ではないが、飼料まで含め、日本人へ供給される熱量の多くを海外に依存していることを示す。
資源エネルギー庁の2024年度確報では、原子力を国産として数えるIEA方式でも、エネルギー自給率は16.3%だった。
この数字から、日本は自給自足へ戻るべきだと直ちに結論づける必要はない。貿易は、各国が得意な生産を交換し、同じ資源から多くの生活を得る仕組みでもある。すべてを国内生産すれば、土地、労働力、価格の制約から生活水準が下がる可能性が高い。
問題は輸入そのものではない。
輸入を当然の権利のように扱い、それを支える輸出力、投資所得、海運、通貨信用の更新を忘れることである。
製造業が減っても、すぐ輸入不能にはならない
日本が工業製品を輸出できなくなれば、ただちに食料を買えなくなるという説明も単純すぎる。
海外に持つ工場や証券から投資収益を得られる。観光、ソフトウェア、金融、コンテンツ、研究、知的財産でも外貨を稼げる。円相場が下がれば、同じ外貨収入の円換算額は増える。
つまり交易力は、製造業の輸出額だけではない。
ただし、対外資産は過去の黒字の蓄積であり、永遠に自動更新される資産ではない。海外事業へ再投資し、技術とブランドを維持し、権利を守らなければ収益力は落ちる。観光も、交通、治安、都市、自然環境を維持できて初めて続く。
交易力とは、現在持っている外貨の量ではなく、外貨を繰り返し得られる能力である。
技術は保存できても、競争力は保存できない
日本には精密加工、材料、光学、計測、製造装置などの厚い技術蓄積がある。
しかし、図面や特許を保管しているだけでは競争力にならない。人が設備を動かし、顧客の要求を受け、失敗データを集め、次の製品へ更新して初めて所得を生む。
2026年版ものづくり白書は、製造現場のデータ基盤とAIを組み合わせ、実装とデータ蓄積を循環させることを今後の競争力として挙げている。
AIとロボットが日本の熟練技術を一夜で無価値にするわけではない。むしろ、加工や検査の実データを持つ企業には強みがある。
危険なのは、過去の設備と暗黙知を新しい制御基盤へ接続できないことである。設備が古いから負けるのではない。設備から学べなくなったとき、蓄積が費用へ変わる。
人口減少は予測だが、居住地の縮小は選択である
国立社会保障・人口問題研究所の出生中位・死亡中位推計では、日本の総人口は2020年の1億2,615万人から、2070年には8,700万人へ減る。65歳以上の割合は38.7%へ上がる。
これは運命を記した時刻表ではない。出生、死亡、国際人口移動の仮定が変われば結果も変わる。それでも、人口減少を前提に制度を設計する必要があるほど、方向は明確になっている。
人口が減るとき、全国の自治体、道路、病院、学校、水道を同じ密度で残そうとすれば、一人当たりの維持費は上がる。制度上はサービスが存在していても、運転手、医師、技術者がいなければ利用できない。
先に縮むのは国境ではない。日常的に使える交通網、商圏、医療圏、居住地域である。
都市へ集約すれば効率は上がるが、移転する人の生活と土地の価値を失わせる。地方を同じ形で維持すれば、現役世代の負担が増える。どちらにも費用がある。
管理された縮小は、何もしないことではない
人口減少を受け入れることと、衰退を放置することは違う。
管理された縮小には、維持する都市と産業を選び、撤去費用を払い、移住を支え、残すインフラへ人材と予算を集中する必要がある。給付額だけでなく、医療、交通、エネルギーが実際に届くかを測らなければならない。
反対に、すべてを名目上残し、供給者へ赤字を押し付け続ければ、縮小はある日、運休、断水、閉院、部品不足として不連続に現れる。
日本が小さくなること自体は、最悪の結末ではない。
小さな人口で高い生産性を保ち、必要な輸入を買え、都市と自然を維持できるなら、生活水準は人口の順位だけでは決まらない。
この連載で見てきたのは、戦後日本の成功が偽物だったという話ではない。国内の努力を、人口、国際秩序、信用、安全保障が増幅し、その上に大きな制度を築いたという話である。
増幅器が弱くなった後、同じ外形を守り続けることはできない。
日本に残された問いは、大国であり続けられるかではない。
何を残し、何を畳み、どの規模なら自分たちの力で更新し続けられるかである。
極東の島国へ収束するとは、世界から消えることではない。
借りていた大きさを返した後に、自分で維持できる輪郭が現れることである。